ナチュラルハウス 庭と暮らし

11月4日(月)
コピー ~ 2013東北 044
 今日訪ねる所は十数軒の小さな所を2ヶ所です。それで私たちは2班に分かれました。参加者はそれぞれ10人、12人の申込です。
 着いてお花の準備をしていると、次々に参加者の方がやって来られます。会場は仮設住宅の壁を取り払って集会場として利用している建物なので狭くて一度奥に座るとなかなか席を立てないくらいの状態です。
 花を分けて始めます。男性が2名参加されていて、あっと言う間に活け上り、皆から「ただ差しただけじゃない」と言われ、「いや、これでも結構考えたんだと」返し、和気あいあいの雰囲気です。
 「こういうふうに花を活けるのが大好き」と言われ嬉しくなります。

コピー ~ 2013東北 047 コピー ~ 2013東北 053
ステキに活け上がったお花

 「ここでは皆で集まってこういうお地蔵さんを作っているんですよ」と見せていただきました。
子供のお地蔵さんです。

 「このお花をどこに飾ればいいだろう」と誰かが言います。仮設住宅は狭くて花を飾れるような適当な場所がないというのです。「花に袖が引っ掛かって倒れないように短くした方がいいわね」とまた花を切り始め、「テーブルに置いたら正面は私に向けて、旦那には反対側を見せるの」と冗談を言い合って大笑い。

 お花を介しているのでいろんな話がスムーズにできます。笑い声が絶えません。始まってから2時間だと言うのに、なんだか名残惜しくて、「また来年も来て下さいね」といわれ、「もちろん、毎年来ますよ」と言うのですが、多分その間にもここを出て行く人は多いでのしょう。隣の方も、娘さんが家を建てていて、完成したら一緒に住むのだと話されていました。やっぱり今年も元気をもらうのはこちらの方でした。ありがとう!

 午後からは仙台に行って“メディアテーク”の見学です。設計:伊東豊雄氏 開館:2001年1月
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 驚きました。建築に感動したそんなに数多くない中の一つです。こんなに美しくて斬新な建築はそんなにあるもんじゃありません。とにかく柱が透けているのですから。13本のチューブと床で構成されていて、柱にあたるチューブの中に階段やエレベーターがあり、上から光を落としているのです。

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屋上を案内してもらって構造が良く分かります。こうした格子状のフレームに鉄板がサンドイッチに張られて床と天井になっているようです。だから冷暖房費は大変らしいです。

コピー ~ 2013東北 092 どこを見てもおしゃれで美しく、しかも大ぜいの人が利用し、寛ぎ、この空間を楽しんでいます。


コピー ~ 2013東北 102 このガラスの壁が一年に50回位、天気の良い日には定禅寺通りに対して全開になるそうです。素晴らしすぎる・・・

 震災では天井が落ちたけど、けが人はいなかったとのこと。本棚は大丈夫だったけど本が崩れ落ちて大変だったそうです。
 震災を忘れないように、“3がつ11にちをわすれないためにセンター”が設けられていました。

 ボランティアをすると元気がもらえると言うのは本当だと実感します。出掛ける前日はくしゃみが止まらず、風邪だったらどうしよう、絶対行きたいのに、と思いつつなかなか眠れません。でも朝は何とか持ち直し、体を冷やさないように着込み風邪薬を飲んで出掛けたのですが、その日の夜には完全復帰しました。
 
 こうした事は一人では出来ないことです。私は参加するだけの気楽な立場でしたが、手配や準備をしていただいた皆さんに本当に感謝です。そして出会った全ての人に感謝したい、そんな気持ちになりました。


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11月3日(日)
コピー ~ 2013東北 016 今年も東北ボランティアの視察旅行に参加しました。主催は富山県建築士会女性部会です。メンバー8人でジャンボタクシーを貸し切っての移動です。

 朝6時20分に小杉を出発、宮城県には2時30分頃着。そこからは宮城県建築士会の佐藤氏に案内していただきます。最初に訪れたのが「こどものみんなの家」
 設計:伊東豊雄建築設計事務所+大西麻貴

 東松島市の大きな仮設住宅の集会所に隣接して建っています。3つの性格の異なる空間がそれぞれ違う屋根を持っています。


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コピー ~ 2013東北 027 ひまわり集会所ではいろいろな試みがされていて、手作り品の販売もしておられます。中でも武蔵野美大とのコラボで完成した“しし福宝箱”は完成度も高くヒット商品になっているようでした。

 そうした説明をされている男性は震災時の話や、奥さんが津波に流されたけど橋脚にぶつかって、それで助かった事の話を笑顔で話されます。ここに住んでいる人達は家族全員が助かった人もいるけど、全てを失って一人だけ残った人も居られて、集会所などに出てくる人は良いのだけど、出て来れない人の心の痛みの深さは測り知れないと・・・・

コピー ~ 2013東北 028 玄関前には花鉢がたくさん。仮設住宅の玄関前にもたくさんの花を見かけました。

 そして玄関わきには、テラスカフェのような所が、自然にこうした空間が出来たのでしょうね。気楽に外で腰掛けてお茶を飲み談笑する姿が目に浮かびます。

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 石巻に着いて車窓から見たガレキの山です。見える景色は去年とそんなに変わっていないような気がします。変わっていたのは、新しいお墓の団地がたくさん増えていたこと、去年ガレキ拾いをした田んぼが稲刈りをしてあったことなどでしょうか。

コピー ~ 2013東北 039 コピー ~ 2013東北 042
左の写真が震災の時にここまで水がきましたと言うライン、右は今計画されている防波堤の高さのラインです。防波堤だけではなく何か他の対策があるのでしょうね・・・

 今日の最後に海辺を走り、1件のカフェに寄りました。津波にあったけれどかろうじて流されずに済み、今はカフェに改装して皆の集まる場所にしているとの事。伊東豊雄氏と同級生の方でした。 
 2010年の11月に家を新築して、翌2011年3月に震災にあったとのことです。彼からも震災の時の生死を分けた判断のあれこれの話を聞きました。同じ所に居ても生き残った人と、亡くなった人がいることの事実。もちろんどうしようもない運の部分もあるけれど、痛ましいのは適切な判断さえしていれば助かったのに・・・という場合です。
 
 ギリギリの状況でも指示待ちだったり、避難の指示がマニュアルにこだわったりした方が亡くなられたと聞くのは大きな教訓です。他人に依存しないこと、自分で考えて、自分で判断して行動すること。生きる基本です。

7/1(月) 

 昨晩寝たのは2:30、起きたのが6:30。もし疲れから寝過ごしたらどうしようと心配しながら寝たのですが、朝はベルが鳴ると同時に起きました。どんなに疲れた顔をしているのだろうと鏡を見てみると以外にも元気な顔です。おや?どうしてだろう・・・・意識上では大変だったと思っているのですが、無意識の意識ではヤッターという達成感の方が強かったのかもしれません。そんな顔をしていました。

 チェックインはすでにネットで済ませてあります。出発は10:30だけど搭乗口には出発の45分前に行けばいいのでそんなにあわてることはないのですが、やはり何が起きるか分からないので早めに準備をします。

 フロントに行くと昨日と同じ人がいました。
「昨日はよい夜を過ごした?」
「良くはなかったわ」
と言ったら苦笑い。そこでちょっと反撃したくなりました。
「昨日はwifiが使えなかったのだから料金を返して!」
それは何とかかんとか・・・の返事に「ノー」  
それで返してもらうことになったのですが、手続きがあまりにも遅くて言ったことを後悔する羽目に。その内にバスもきて・・・そうしたら彼はバスの所まで小走りで、ちょっと待ってくれと言いに行ってくれたのです。
 
 この国では一般の人には本当にたくさん親切にしてもらったけど、職業人はなんとなく自分の仕事以外はしない、という印象を受けていたので、そのちょっとした事が私の心を和らげました。
「ありがとう!」

 空港ではネットでチェックインしてあると言うとパスポートを見せるだけでチケットを出してくれました。搭乗ゲートの欄は空白です。まだ決まっていないということは電光掲示版に案内が出るのを見て確認しないといけません。

コピー ~ 2013.海外旅行 2110

 この旅の間はFBにその日行った所の写真とコメントを毎日欠かさずUPしていました。昨日は始めてそれが出来なかったので待ち時間の間にUPしようと思い、wifiにつなごうとしますがフリーなのは30分だけで、それ以上になるとちょっと面倒。それでFBのメッセージを確認して、とにかく無事でいることだけを知らせて終えます。

コピー ~ 2013.海外旅行 2111

 ロンドンからヘルシンキの間は隣の座席が少し高齢の日本人女性でした。いろいろ話している内にロンドンで仕事をしている女性だとわかりました。でも高齢になってきたので仕事を整理しようと思っているとのこと。私の旅の話をして駅員さんとのやり取りなども話していたら、「それは良い経験をしましたね」と言われました。「この国は何かあっても黙っているとそれで良しとなって終わるので、言いたいことがあったら必ず言わないといけないのよ」と、納得しました。

ヴァンター空港に着いてなつかしい感じです。旅の順序を最初にヘルシンキにして良かったと思いました。ヘルシンキは安全でコンパクトで行動が簡単にできる街です。ここで慣れてからイギリスへ行ったのは正解でした。欲しいものはヘルシンキにあったので荷物の事を考えたら最後の方が良かったかなと何度も思いましたが、最初にイギリスだったらもっと大変だったと思うのです。買い物は出来なかったけれど、それも良しとしましょう。これからもヨーロッパに行く機会にフィンエアーを利用すれば、ヘルシンキでストップオーバーできます。旅の最後にヘルシンキでゆったり、なんていいな~・・・と夢をみています。
 
空港についたら何もしなくてもすぐにwifiがつながりました。こんな所もさすがITの国と思わせられます。やっとFBに最後の日のUPができました。

コピー ~ 2013.海外旅行 2112

 旅の間は毎日無我夢中でしたが、振り返ってみると、一人で行きたい所に行って、見たいものを見ることが出来たのは素晴らしい経験でした。ずっと憧れていた外国の一人旅です。心を決めてやってみると以外と出来るものだと感じましたね。不安はいろいろあったけれど、“案ずるより産むが易し”でした。いろんなアクシデントやトラブルも香辛料のようなもので、それがないと淋しいとさえ思える程です。アクシデントがあったから人の心に深く触れあえたようにも思うのです。

 今回の旅を私の旅の出発点にしたいと思っています。まだまだいろんな可能性があるのだと感じるために、そして自由である喜びを感じるために、また旅に出たいと・・・・思っています。



6/30(日)
2013.海外旅行 1971
 キューガーデン(王立植物園)。2003年ユネスコ世界遺産。

 ロンドン最後の日、ということは旅行の最終日です。いくつかの候補の中からキューガーデンを選びます。毎日かなり歩いているので、あまり無理しないように、夕方には空港近くのホテルに移動するので一ヶ所だけです。降りる駅は“キューガーデンズ”。場所は郊外なのでトラベルカードは8.9ポンド。

2013.海外旅行 1966 駅に着いてキューガーデンに向かう途中、こんなかわいい家並みの道を歩きます。


2013.海外旅行 1967 チケット売り場の前は行列が、今日は特に日曜日だからでしょうか?

 ここでも係りの人が障害のある人を最優先で案内していました。地下鉄でも目の不自由な人をホームまで案内する駅員さんの姿を見たし、コッツウオルズでもバスに乗ろうとした時、運転手さんがちょっと待てと言って、中から杖をついた男性がゆっくりと歩いてくるのを皆で待っていました。そうした事からもやはりイギリスは福祉先進国なんだな~と感じます。


2013.海外旅行 1968 中に入って先ずは大きな樹の下に座り、案内図を見てどこへ行くかを考えます。
 今日は日曜日なので家族連れでお弁当を持ってきている人も多く、あちこちで思い思いに輪を作っています。
私は木陰、こちらの人は日当たりの所。

 広さは120ヘクタール、それってどれくらい広い? 東京ドーム30個分位の広さ。いずれにしてもピンとこないのですが、かなり広いです。
無謀にも全体が分かるように歩いてみようとしましたが、途中で止めました。


2013.海外旅行 2006 この写真で少しは大きさが分かるでしょうか?


 日本庭園がありました。1910年に日英博覧会の折に展示された西本願寺の唐門の4/5の複製が、痛みが激しくて1996年に再生した時に庭園も作られたとのこと。
2013.海外旅行 1982 2013.海外旅行 1984

樹上遊歩道(Treetop Walkway)エレベーターもあります。私はもちろんエレベーターを利用。青年が母親をエレベーターに案内して、「じゃあ後で」と言って、居なくなりました。上に着いたら階段を駆け上がったらしい青年がいましたよ・・・かなり高くて、鳥になった気分。
2013.海外旅行 2000 2013.海外旅行 1998

2013.海外旅行 2008 パームハウス
 バラが咲き乱れています。ロンドンはコッツウオルズより少し気温が高いようです。


2013.海外旅行 2012 熱帯の気候に近づけるために時々ミストが噴出します。
中はかなり蒸し暑いです。。


2013.海外旅行 2078 故ダイアナ妃によって建てられた温室。サボテンや睡蓮が中心です。


2013.海外旅行 2030 2013.海外旅行 2033


 ここでもかなり歩きました。これで帰ろうか、それとももう一駅足をのばしてリッチモンドまで行ってみようか・・・

 リッチモンドに着きました。テムズ川が美しい。
2013.海外旅行 2083

2013.海外旅行 2097 橋のたもとに大勢の人。何かイベントでもあるのでしょうか?

 ・・・・・
 
 どうも単に日光浴しているだけのようです。


2013.海外旅行 2101 駅ではこんな光景が。
自転車を持って電車に乗れるんですね。

 地下鉄のラインによって許可されている所とそうでない所があるようです。

 




 充分満喫して、電車に乗って座ったら少しウトウト、ビクトリアステーションをもう少しで乗り過ごす所でした。
 


2013.海外旅行 1873 宿のレセプションに預けておいたスーツケースを取りに行きます。ビクトリアのバスステーションは歩いて数分の所なので、出発の時間までしばし休憩。 
 毎日、本当に良く歩きました。今日はホテルに着いたらゆっくり休もう・・・

2013.海外旅行 2104 始発駅なのに遅れています。遅れていることに対する表示は何もありません。バスは目の前に見えていて、運転手さんも何やかやと動いているのが見えるのですが、あと何分待てばいいかの案内が全くありません。私はソワソワしていますが、他の乗客の方達はただただ我慢強く待っています。


2013.海外旅行 2106 ようやく40分遅れで出発しました。これが飛行機に乗る前だったらと思うとぞっとします。なぜ皆こんなにのんきなんだろう・・・

 いずれにしても充実した旅だったな~と、夕陽を見ながらしみじみとしていました。この後この旅最大のトラブルが発生するなんて想像もしていません・・・・


2013.海外旅行 2107 
 空港からホテルに行くのに“ホテルホッパ”というバスを使います。ホテルによって乗るバスが違います。
 トラブルというのは後で考えると、必ず伏線があるものです。バスが遅れたことが心理的に少しあせりを生んだようです。



最初のトラブル
 停まっていたホテルホッパの運転手さんに、ここへ行きますか?と渡したホテルの予約シートが日本語だったこと。もし英語表記だったらトラブルはなかったでしょう。読めないと返されて(当然ですね)そこでホテル名を言ったら、そこへ行くから乗れと、でも結局違ったホテルだったのです。フロントで「表に出て○番のバスに乗ればすぐ着くよ」と言われ、外に出ても全くわかりません。しょうがないのでもう一度待ってホッパに乗って空港まで戻ります。

 こんどこそと、良く調べて乗ろうとしたらさっきの戻ったときの運転手さん。「違うといったじゃないか」と言われ、「私も良くしらべたんだから」と返し、「ここに書いてあるし」と言いながらシートを見直すと、「ああ!」やっと分かりました。私が間違えていたのです。「私が間違えていた」と言って出ようとすると、「ちょと待て」とチケットの裏に何かを書いて、これを運転手に渡すようにと。ちょうど来たバスに向かって歩き始めると、後ろからついて来てくれて事情を説明してくれました。感謝感激です。充分お礼を言ってホッとして座ることができました。こうしてようやくたどり着くことができたのです。

二番目のトラブル
 フロント前には長い列。ようやく順番が来て名前をいうと、「予約者に名前がありません」・・・ガーン!
ホテルが間違っていないことを確かめてから、日本語の予約シート片手に頑張ります。フロントの手際が悪く、
ずーっと待たされます。「こちらに来てモニターを見てごらん、名前がないだろう。」そんな事言われても納得できるはずがありません。デキそうな女性の担当者に変わり、何とかようやく部屋の鍵をもらいました。wifiが有料だったので料金を払って部屋へ。

三番目のトラブル
 旅の最後の報告をしようと、wifiにつなごうとしてもつながりません。再度フロントへ、もう真夜中を過ぎているのに相変わらず混雑しています。しばらく待ってから聞きますが良く分かる人がいないらしく埒があきません。あきらめてベッドに入ったのが2時半。明日は6時半には起きないと・・・

 これまでとても順調に来ていたのが最後に一気に噴出した感じです。まあでも部屋が確保できて良かった!
一人なので寝過ごさないように自分に言い聞かせて、目覚ましをかけてダウン。




6/29(土)
2013.海外旅行 1900 ロイヤルオペラハウス
 
 “フローラルホール”
 開演を待つ間、シャンペンなどを飲んで待つところ。


 バックステージツアーに参加のために地下鉄で向います。駅はコヴェントガーデン。ここはエスカレーターは無く、エレバーターだけなのです。昨日帰る時に大きなエレベーターに乗ってホームに行ったので、今日はエレベーターで上って外へ出ようと、前まで行くと、乗る時とは違って降りるときは一気に人が降りるので大混雑です。横に階段があったので、迷うことなく階段を選び上り始めました。この判断がどんなに間違いだったかをすぐに思い知らされることになります。
 
 階段はらせん階段です。どれだけ上っても果てしなく続き、今どこに居るのかさえ分からず、あとどれだけ上れば終わりになるのかも分からず、降りることもできず、後悔しても遅く、ただひたすら上り続けました。途中で疲れ果てて休憩しているグループを横目に見ながら、とにかくひたすら、ひたすらグルグル上り続けて・・・・ようやく外に出ることができたのです。

 教訓  「コヴェントガーデンでは絶対に階段は利用しないこと」


2013.海外旅行 1901 フローラルホール


2013.海外旅行 1904 屋上のカフェ
 ここは観劇しなくても、普通に利用できるようです。


2013.海外旅行 1906 屋上からの風景
 
 ツアーで感じたのは、皆さん基本的にはバレーとかオペラが日常の中にあるということ。だから衣装の直しやら、バレー教室のことや、プリマドンナの変化のことなどが話題になって、そこで私には分からない笑いがおこります。まあ、英語が聞き取れないと言う事もあるのですけどね・・・


  ツアーが終わって、その足で当日のチケットを購入しました。ツアーではもやもやと不満足感が残ったのです。最終的には舞台はどんな感じになるのだろう、実際に見てみたいと思ったのです。
ツアーの時に座った席、「そこは200ポンドの席ですよ」と言われたのですが、私が買えたのは28ポンド(≒4500円)の席。アッパー席です。演目は「グローリア」オペラです。

 開演は7時なので、それまでロンドン市庁舎を見に行くことにします。ノーマンフォスター設計、竣工2002年。

2013.海外旅行 1916

2013.海外旅行 1950 大英博物館のグレートコートに感動して、ノーマンフォスターの他の建築も見たいと思って来たのですが・・・
 今日は土曜日でした。ということは中は見れないと言うこと、残念。
 
でもこの形は一体・・・
 
外をぐるりと一回りして、ガラス窓越しに中を除いてみます。スロープが見えて、建築の外観も合わせて斜めになっています。工事はさぞかし大変だったろうな・・・



2013.海外旅行 1921 2013.海外旅行 1920

2013.海外旅行 1915 テムズ川の向うに変わった建築が・・・・これもノーマンフォスター設計の“スイス・リ・本社”2004年竣工。なんだか景観がバラバラですが・・・


2013.海外旅行 1927 タワーブリッジ、1894年完成。橋のたもとには歩いて渡ろうとする人で長い行列が出来ていました。


バトラーズワーフ。テレンスコンランがマスタープランを担当。元は倉庫だったのを商業施設と集合住宅に変身。今はロンドン屈指のおしゃれエリア。

2013.海外旅行 1931 コピー ~ 2013.海外旅行 1946
 
 コンランデザイン博物館。入館料は11.85ポンド(≒1900円)、高!生活用品の歴史が展示されています。ここで草間彌生さんにあってびっくりです。
2013.海外旅行 1932 2013.海外旅行 1936 2013.海外旅行 1934
 
2013.海外旅行 1935 水玉のアートオブジェに囲まれた草間彌生さんの人形。昨年世界5大陸450のルイ・ヴィトンのショーウインドウを飾りました。私も東京の数店舗で見ましたよ。大掛かりな事をするもんだと驚きましたね。顔はハリウッドの美術クリエーターがやってきて顔型をとって作ったのでリアルです。


2013.海外旅行 1944 2013.海外旅行 1945 トイレがステキ・・・


 歩き疲れたので一度部屋に戻って休んでから出直しました。
2013.海外旅行 1958 開演前のフローラルホール。


2013.海外旅行 1959アッパー席です。着席する時は先に座っていた人が皆一斉に立ち上がって通してくれます。その動作がとても自然です。肘掛は無く、手尺で測ったら約45cmでした。

 始まる前のざわつきが、幕が上がったとたんにすーっと舞台に集中する瞬間が特別な映像として記憶に残りました。


2013.海外旅行 1963 2013.海外旅行 1964
終了は10時を過ぎていたのですが、外に出ると今がピークとばかりに賑やかです。

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たんぽぽ

Author:たんぽぽ
 日々の仕事は“住まい”を作ること。住まいは形ができた時から本当の完成に向けてスタートします。
 中でも庭は大切なポイント。年月をかけて庭と家が一体となっていくことで、安らげる住まい、魅力あふれる住まいの姿が見えてきます。

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